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清水エスパルスの久米一正副社長兼ゼネラルマネージャーが急逝 Jリーグ・柏・名古屋で要職を務めるなど日本サッカーの発展に貢献

今シーズンから清水エスパルスの副社長兼ゼネラルマネージャー(GM)を努めていた久米一正氏が、11/23に急逝されました。

この知らせが伝わったのが、11/22の第33節ヴィッセル神戸戦の当日朝。そのため神戸戦は久米さんの弔い合戦ともなりました。スタジアムに掲揚されたフラッグは半旗に。

訃報(清水公式)
https://www.s-pulse.co.jp/news/detail/41528/

久米一正取締役副社長兼ゼネラルマネージャー逝去に際する、左伴繁雄代表取締役社長より弔辞(清水公式)
https://www.s-pulse.co.jp/news/detail/41529/

公式サイトより

 

死因は大腸がんだったとのこと。数年前から闘病されていた模様です。

【清水】久米一正副社長兼GMが死去、周囲に「体調のことは一切口外しないでくれ」と頼む(スポーツ報知)
https://www.hochi.co.jp/soccer/national/20181124-OHT1T50281.html

清水には今季11年ぶりに復帰。昨季14位に沈んだチームを7位まで押し上げた。数年前から闘病生活を送るも、複数箇所にがんが転移。11月からは食事も喉を通らなくなり、1週間前から静岡県内の病院に入院。転院した都内の病院で帰らぬ人となった。周囲には「体調のことは一切口外しないでくれ」と頼み、左伴繁雄社長(63)には「このチームは絶対5位以内に入る」と断言していた。同社長は「最終節後に合同葬を提案している。にぎやかにしたい」と説明した。

久米さんの経歴についてはすでにいろいろと報道されていますが、Jリーグの前身であるJSL(日本サッカーリーグ)の名門・日立製作所で活躍。

その後、日立製作所の強化担当、そして日本サッカー協会やJリーグに出向し、Jリーグ創設に尽力。日立製作所からプロ化した柏レイソルに戻ってからも強化に携わりました。

その後、清水を経て2008シーズンから強化(後に社長)を努めた名古屋グランパスではストイコビッチ監督時代に初のリーグ優勝も成し遂げています。

清水では2003シーズンから2007シーズンまで5年間、ゼネラルマネージャーとして在籍し、当時低迷をしていたクラブに多くの若手有望選手(兵働昭弘藤本淳吾青山直晃ら)をスカウト。

また2005シーズンからは清水OBでもあった長谷川健太氏を監督に起用し、強化を図り、健太体制2年目、3年目をリーグ戦連続の4位に導きました。

そして、2018シーズンイン前に左伴繁雄社長ら清水からの誘いを受けて清水に復帰しました。

就任記者会見ではベスト5に入らないといけない、入れる力はあると言い、実際に清水は今その位置を狙えるポジションにあります。

【久米一正ゼネラルマネージャー就任記者会見】会見レポート(清水公式)
https://www.s-pulse.co.jp/news/detail/38838/

多くのクラブ、そしてJリーグの事務局長として、Jリーグの創設にも携わり、多くのスタッフ、選手とのパイプも太いものがあります。

今シーズンで言えば、ヴァンフォーレ甲府から清水に復帰したMF兵働昭弘を誘ったのも久米さんであり、ヤン・ヨンソン監督を招聘したのも久米さんの推薦だったといいます。まさにゼネラルマネージャーとして今シーズンの清水を築いてきた方でした。

残念ながら清水の今シーズンの戦いを見届けることなく、逝かれてしまったわけですが、左伴社長がエンディングセレモニーで語ったように、自分がいなくなても同じように仕事ができる環境を整えてきたと。その遺志をクラブ・スタッフ・選手、そしてサポーターも継いで、強く魅力的なクラブを作っていきたい、作っていかなくてはいけないと思います。

清水・左伴社長あいさつ全文「久米が昨日、旅立ちました。最期に私に残していった言葉が2つあります」(スポニチ)
https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2018/11/24/kiji/20181124s00002179358000c.html

久米さん、今までの功績に感謝。そしてご冥福をお祈りいたします。

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